Readings|一句鑑賞
春風にからだほどけてゆく紐か
印象的なのは「からだほどけてゆく」という措辞。長い冬の寒さにかたく強ばっていた身体が、春の風を受けて、すこしずつ緩んでゆく。「ほどける」という語が、まるで結ばれていたものが解かれてゆくような、こわばりから解放されてゆくような身体の感覚を、的確に言い当てている。またひらがなによる表記も、やわらかさや解放の気配を濃く感じさせる。
そして「紐か」という問いかけによる結び。ほどけてゆく身体はここで「紐」の運動に見立てられる。しかも、からだが紐のようだと言い切るのではなく、まるで紐だろうか、とそっと着地する。その認識の淡さが、春風にぼんやりと身を委ねているときの、まどろむような心地と響く。
冬から春へ。かたく強ばっていたものが緩み、ぎゅっと結ばれていたものがほどけてゆく。そのさまを、「からだほどけてゆく」という身体感覚と、「紐」という見立てとで掬い取っている。季節の移ろいが、ひとすじの紐のほどけるさまへと幻想的に異化されている。
田中裕明『櫻姫譚』(2002年、邑林書)より。
2026年6月18日 弓木あき