弓木あき

Readings|一句鑑賞

綿虫や出臍で君は上京す

/佐藤のど

「綿虫」は冬。白い綿をまとい、弱々しく飛ぶそのすがたが冬の到来を告げる。そこに「君は上京す」。もうそれだけで、なんて切ない別れが、頼りない旅立ちが、ほのかな予感ではなく終止形の確たる事実として突きつけられる。そんなわたしと「君」との関係は、「出臍」の一語に集約されている。

「出臍」はふだん他人には見せない、ごく私的な身体の一部だ。それを知っているというだけで、わたしと「君」には一定以上の親しさや距離感があることがわかる。家族とも恋人とも言及されないが、「出臍で」とわざわざ言うくらいには、「君」の出臍はわたしにとって「君」を思ううえで欠かせない情報なのだろう。そんなたいせつな「君」が上京してしまう、出臍なのに。きっと綿虫みたいに頼りなくて弱っちいのに。わたしだけが知っている「出臍」を抱えて、「君」が遠く離れていってしまう。そこへ不在の季節の使者が舞う。

冬空をただよう綿虫を見送るまなざしと、「君」を見送るまなざしとが重なり合う。社会的で大きな人生の出来事「上京」が、「出臍」というごく私的な身体の記憶から見つめられている。東京へ行けば、「君」は新しい人々と出会い、新しい関係のなかを生きてゆくのだろう。わたしの知らない属性を獲得してゆくのだろう。それでも、わたしにとっての「君」は、いつまでも出臍である。その可笑しいほどにささやかな身体の記憶が、遠ざかってゆく「君」をいつまでもわたしのなかに留めている。

佐藤のど「八月の眼」(2017年、東北若手作品集「むじな」)より。

2026年9月15日 弓木あき