弓木あき

Readings|一句鑑賞

野を焼いて焼かれて姉妹都市となる

/柊木快維

春のはじめに、枯草を焼き払う。害虫駆除や、新たな草木の生育のために。それが春の季語「野焼」だ。ここに「焼いて」「焼かれて」と能動/受動の反転を詠い、さらに「姉妹都市」という語を衝撃させ、一句に仕立てた。

「姉妹都市となる」、つまり文化交流や親善のために、外国の都市と協定を結んだということ。少なくともわたしは、はじめその程度の認識だった。しかしよく調べてみると、その理解の甘さが浮き彫りになった。たとえば広島市は、アメリカのホノルル市やロシアのボルゴグラード市などと姉妹都市提携を結んでいる。その背景には戦禍の記憶と、平和への願いがある。

そう知ったとき、「焼いて焼かれて」という措辞が俄に凄みを帯びる。「野焼」の火の向こうに、戦火や空襲の歴史が透けてくるのだ。しかも「焼いて」「焼かれて」と能動受動が反転することで、加害と被害が一句に並置される。そして、そのはてに「姉妹都市となる」。焼いて焼かれた、決して取り返しのつかない歴史を背負って、人々は平和と友好を掲げて結びつく。

前述したように、「野焼」は新たな生命の芽吹きを迎えるための炎だ。だからこそ、この二物衝撃はこれほどまでに痛切な落差をうむのだろう。

柊木快維「霧の系譜」(2026年、「聖禁派2」)より。

2026年9月10日 弓木あき