Readings|一句鑑賞
かざぐるまはなれてたべてはたらいて
「かざぐるま」は春。風が吹くかぎり、くるくると回りつづけるもの。うつくしさと同時に、どこかはかなさもある。ここで気づくのは、中七以降の動詞がすべて「〜て」と接続助詞をともなってつらなっていることだ。「はなれて」「たべて」「はたらいて」、その生活は終わりがなく繰り返されるように感じられる。また、すべてひらがなによる表記は、それぞれの境目を視覚的に淡く溶かしている。
とりわけ「はなれて」が切実だ。誰が、誰から、あるいは何から離れたのかは明かされない。ただ、「はなれて」しまった後も、ひとは「たべて」「はたらいて」ゆく。「それでも」といった逆接さえなく、淡々と生活はつながってゆく。
そして上五「かざぐるま」へと意識が戻る。風を受けて回りつづけるその運動は、生きてゆく時間の流れとどこか響き合う。決して「はなれて」を悲劇化しないからこそ、無造作に「〜て」とつらねるからこそ、一句はいっそう寂しさをましている。
おおにしなお「生活はゆっくり醒める」(2024年、「詩客 SHIKAKU」)より。
2026年9月7日 弓木あき