Readings|一句鑑賞
永日のきみが電車で泣くからきみが
どうしても忘れがたく、胸打たれる一句。
「永日」は暮れそうで暮れない春の長い一日のこと。その明るさのなか、「きみ」は電車で泣いていて、わたしはそれをただ見ている。電車内という逃れがたい近さのなかで、永日のあかるさのなかで、目の前のきみの涙だけが否応なく意識されつづける。
技法としてまず目に止まるのは、「きみが」のリフレインだ。しかも、二度目は述語をもたないまま宙づりにされている。この構造により一句の物語は完結へと向かわず、ともすればまた何度も「きみが」と繰り返すかのようだ。
泣くから、泣くからどうしたというのか。その言葉にならなさに、読んでいるこちらまで泣いてしまいそうになる。目の前にいるのに、きみのその涙にわたしは入り込めない。電車という空間における、その微妙な距離感と戸惑いとが、円環しかけて閉じない不思議な文法にあらわれている。
小川楓子『ことり』(2022年、港の人)より。
2026年8月31日 弓木あき