Readings|一句鑑賞
水音の氷を渡り城の跡
端正で、かつ微細な身体感覚の宿る一句。そして、時空間的なスケールもあわせ持つ。
「水音の氷を渡り」という措辞がまず不思議だ。見えているのは氷の表面でも、聴覚に訴えるのは水音。ここでは視覚と聴覚とがずれており、そのずれが一句の温度と奥行きをかたちづくっている。
氷とは、本来水を閉じ込めるものであろう。水が凍りつくことで、その音は消えてしまうはずだ。しかし掲句ではどこかで水の音が鳴る。水音そのものが氷を渡っていくのか。あるいは、水の音を鳴らして人が氷上を渡っていくのか。「渡り」という動詞の選択も巧みで、滑りやすく、いまに割れるかもしれない氷の上を慎重に移動する、主体の身体的な緊張が感じられる。
そして下五は「城の跡」。「水音の氷を渡り」の微細な身体感覚から、ここで景が一気に空間的に広がってゆく。水は流れつづけるもの、氷は一時的に固まったもの、そして「城の跡」は過去がかたちを失ってなお残ったもの。冬の景色の中に、流れる時間、静止する時間、失われた時間が重なりあっているのである。
山岸由佳『丈夫な紙』(2022年、素粒社)より。
2026年7月21日 弓木あき