Readings|一句鑑賞
あるだけの光の中の息白し
「あるだけの光」とは、どのような光だろう。神々しく降りそそぐ光でも、まぶしく輝く光でも、やわらかに差し込む光でもない。ただ「いま・ここ」に在る、それだけの光である。「あるだけ」という措辞は、決して光を誇張せず、また特別な意味を与えない。そして同時に、「あるだけの光」は二つの読みを導く。これだけしかないという乏しさや諦念、そして、これがそこに在る光のすべてなのだという受容や肯定である。足りなさとじゅうぶんさが、一句のなかで重なり合っている。
その、決して強くはないだろう光のなかに、ふっと白い息が浮かび上がる。息は本来目に見えない。たしかに、寒さによって水蒸気は白く変化する。だが、その白さがそこに「ある」と気づかせるのは、光である。世界を明るく変えるほどの光ではない。むしろ乏しい。しかし、乏しくもその光があるからこそ、この息は白く見えるのだ。
「息白し」は冬の季語であり、同時に身体の内側から立ちのぼる生のしるしでもある。「あるだけの/光の/中の」と助詞「の」を三つ重ねたさきに、掲句は一つの白い息へと着地する。かき集められたわずかな光の、そのすべてが、たった一つの息を照らしている。光の乏しさとその肯定が、白い息のひと吐きによってはじめて目に見えるものとなる。裏を返せば、白い息こそが光の輪郭なのだといえる。
川口真理『双眸』(2014年、青磁社)より。
2026年7月20日 弓木あき