Readings|一句鑑賞
極月の鯊を釣るてふ煙草に火
極月、寒さもいよいよ深まる時期に、秋の季語である鯊(ハゼ)を釣ろうというズレが可笑しい。年末の華やいだムードや慌ただしさから離れ、冷えた水辺で竿を出そうとする、物好きで少し気取った人物の姿が浮かぶ。酔狂さ、寒さへの鈍感さ、そうした面も見えてくる。
ここで効いているのが「てふ」である。「鯊を釣るという」その行為には、どこか伝聞めいた距離が生まれている。果たしてほんとうに釣れるのか。でもなぜか自信がありそうだ。
下五「煙草に火」によって、一句に具体の手ざわりがともる。しかも「火をつける」と言わず「煙草に火」と止めることで、その行為は完了しきらず、火をつけようとする、まさにその瞬間だけが浮かぶ。この強調された余白からは、釣果よりも、釣る前の間、あるいは釣りながら待つ時間のほうが濃く立ち上がってくる。
極月の寒さの中で鯊を釣るという、季節外れで物好きな行為と、煙草に火をつけようとする仕草。その取り合わせが、孤独でありながら妙に満ち足りた時間を作り出している。
……とここまで書いてから、「落ちハゼ」という語を知った。冬の時期は脂が乗っており、より大きな個体が釣れやすいという。物好きだと思っていた釣り人は、実は経験を積んだ釣り人だったのかもしれない。「煙草に火」も、格好つけているのではなく、「今日は釣れる」という確信を持った釣り人の、ごく自然な所作だったのではないか。なんだかしてやられた気分だ。
依光陽子『ふ、は鳥に』(2026年、左右社)より。
2026年6月27日 弓木あき