Readings|一句鑑賞
星だかゆめだかわからないもの.+:゚+。 .゚・..みえている、? わすればな
「星だかゆめだかわからないもの」という口語のフレーズが、一句の認識の揺れを開幕から宣言する。見えているものは外界の星なのか、内面の夢なのか、あるいはそのどちらにも属さないものなのか。掲句はその判別のつかなさを、説明によって解決してはくれない(いじわる?)。
直後に置かれた記号列「.+:゚+。 .゚・..」は、この句の視覚的特徴である。これは単なる装飾ではなく、「星だかゆめだかわからないもの」を、文字列の上に実際に発生させる仕掛けだろう。「星」は、こうした記号の散らばりによって視覚的にもきらめいている。まるで星屑のようでもあり、夢世界の粒子のようでもある。
また、「みえている、?」という表記も印象的だ。「みえている」と言いながら、そのあとには読点と疑問符が置かれる。見えている、しかし本当に見えているのだろうか。これは星なのか、夢なのか。はたまたただの記号列なのか。「、?」という不安定な句読点の並びには、「みえている」ものの不確かさや、対象を既存の名や分類へ回収しない姿勢がある。
下五(?)「わすればな」について、漢字で「忘れ花」と書かず「わすればな」とひらがなに開くことで、季語としての輪郭はいくらかやわらぎ、「わすれ」という記憶の作用と、「はな」というはかない音が前景化する。忘れ花は、小春日和に咲いてしまう(春の)花。「星だかゆめだかわからないもの」もまた、現実の時間や認識の秩序から外れて、不意にあらわれてきたものだろうか。唯一の漢字=表意文字である「星」の硬い輪郭とひそかに対応している。
「〜だか〜だか」のリフレイン、口語、記号列、ひらがなへの開き、問いかけ、季語の選択は、ばらばらな意匠として置かれているわけではない。それらはすべて、「わからないもの」をわからないままに提示するために機能している。本来そこにないはずのものが見えてしまう瞬間を、俳句形式の更新とともに描き出している。
おおにしなお「だれかの手帖、よんでるみたいに」(2026年、俳句ネットプリント「みつゆ」)より。
2026年6月21日 弓木あき